【解説】これは、赤軍の長であるトロツキーが、赤軍内の風紀の乱れと幹部による特権の濫用を厳しく戒め、赤軍内での不平等の軽減に向けて、1920年に赤軍内の各級幹部に宛てた手紙である。トロツキー失脚後、赤軍内の不平等は著しく拡大し、またソヴィエト社会全体に不平等と特権の濫用がはびこるようになった。この手紙の16年後の1936年、トロツキーは亡命の地で『裏切られた革命』を書き、著しく肥大化した不平等を鋭い筆致で告発することになる。なお、この論文は、ロシアで出版された『革命はいかに武装されたか』第2巻に収録されているものだが、邦訳の『革命はいかに武装されたか』(現代思潮社)には訳出されていない。
Л.Троцкий, Болыше равенства!, Как вооружалась революция, Том.2, Мос., 1923.
Translated by Trotsky Institute of Japan
共産主義体制は、社会のすべての成員に対し、その労働量や能力差にかかわりなく、平等な生活条件、少なくとも同等の生活条件を保証する。われわれの社会が豊かになるにつれて、それと同時に、旧体制の最も下劣で最も不公正な遺物が根絶されるにつれて、われわれはますますこの目標へと近づいていくだろう。
しかし、われわれは現在、過渡期に生きている。古い習慣や慣行は今なお人々に対してきわめて大きな力をふるっている。同様に、生活に必要な物的財も極端に不足している。それゆえわれわれは、生産手段と労働力の分配に関しては、重点配分の方式を採用せざるをえない。すなわち、国家活動の最も重要な部門に優先的に労働者と物的資源を保証することである。これが、ソヴィエト・ロシアにおいて、われわれの軍事組織が疑いもなく特権的地位を享受している理由である。「すべてを前線のために」というスローガンは、地方のソヴィエト、党、労働組合組織の弱体化、教育活動の弱体化、男女労働者への食料供給の弱体化を意味したし、今なお意味している。それは、ソヴィエト共和国の軍隊に、それが必要とするいっさいのものを保証するためである。そのため、労働者にとって、赤軍に配給されているような量の食料を手に入れることは、ほとんどの人の手に届かない理想のような何かを手に入れることを意味するというような事態になってしまっている。
労働者階級および農民の革命的部分は、赤軍の意義を、そしてその必要を満たすことが第一であるということを理解している。もしこのような意識が存在しなかったら、赤軍も存在しなかったろう。われわれはいつでも、赤軍が必要とするいっさいのものを赤軍に供給する決意を表明する――問題になっているのが騎兵大隊の義勇部隊を結成することだろうが、防寒着を集めることだろうが。
それにもかかわらず、飢餓的な配給で生活している労働者大衆は、赤軍が実際に必要とする以上のものを要求しないよう、そして軍への供給がすべてきちんと目的地に届くよう、しっかりと目を光らせている。しかし、この点に関しては、言うまでもなく、万事うまくいっているわけではまったくないので、無規律や不正、軍事官庁の一部の機関における権力の濫用、といったのに対する当然の不満が労働者大衆の中に存在する。
このことに加えて言っておかなければならないのは、当の軍事組織内部にも不平等が存在することである。この不平等は、ある場合には、説明可能であるし、不可避なものであるが、別の場合には、けっして必要性に応じたものではなく、行きすぎており、場合によっては正真正銘の犯罪であったりする。
すべての赤軍兵士は、自分の部隊の指揮官が、宿営や輸送手段や制服に関して一定の特権を享受するべきであることを十分に認めている。誠実で良識のある赤軍兵士なら、指揮官が戦況の把握や部隊の配備等を行なわなければならないこと、そして指揮官の置かれている条件の善し悪しがこれらの課題の遂行にかかわることを知っている。もし指揮官が風邪を引いたり、その他の病気にかかったりしたら、部隊全体に及ぼす影響は、一般兵士――たとえいかに勇敢な兵士であれ――が病気になるよりもずっと深刻である。もちろん、赤軍のすべての兵士がその必要とするものすべてを等しく享受できれるのが、本来は望ましい。しかし、行軍においては、とりわけ、わが国のような疲弊しきった国においては、それは不可能である。したがって、赤軍兵士の圧倒的多数は、不平を言うことなく、常識にもとづいて、次のことを認めている。つまり、部隊の指揮官やコミサールは、共通の軍事活動の利益のために一定の物質的特権を享受する必要があるということである。
しかし、こうした特権は仕事の必要性に厳密に合致したものでなければならない。すべての歩兵を自動車で輸送できたなら、それはもちろん非常にすばらしいことだろう。しかし、わが国にはごく少数の自動車しかない。それゆえ、まったく当然のことながら、軽自動車は、軍団の指揮官および革命軍事会議のメンバーにしか割り当てることはできないし、個々の場合には、きわめて広い範囲に展開している各部隊を回らなければならない師団の指揮官やコミサールに割り当てざるをえない。歩兵大隊指揮官は馬にのって移動するべきだということも、十分理解できる。赤軍兵士ならこうした特権に異を唱えないだろうし、また異を唱える兵士がいたとしても、事情を説明すれば、たいていの場合、納得するだろう。
すべての兵士は、最初のブーツ一式、最初のオーバーコートがまず指揮官に与えられなければならないということを理解している。なぜなら、最悪の場合には、コートもない裸足の赤軍兵士が小屋にとどまっていることができても、指揮官は常に戦闘位置についていなければならないからである。
しかし、自動車が、疲れた赤軍兵士の目の前で、ピクニック気分の遠出に使われたり、兵士が半分はだしでいるときに、指揮官がけばけばしく着飾ったりする場合には、そのような事実は、赤軍兵士の間で憤激と不平をもたらさないわけにはいかない。
特権は、それ自体、ある場合には不可避である。繰り返すが、それは当分の間、必要悪である。しかし、これ見よがしに特権に甘えることは、悪であるというだけでなく、犯罪である。そして、赤軍兵士の多くは、任務の必要性によるやむをえない特権がどこで終わり、特権の濫用がどこから始まるかを、非常によく理解している。
とりわけ軍隊にとって士気を阻喪させ解体的な性質を持つののは、確立された規則や指令や命令を侵害することと結びついた特権の濫用である。何よりも、酒や女性等々をともなうパーティがそれにあたる。
この種の現象はけっして例外ではない。ほとんどの赤軍兵士はこのことを知っている。彼らは部隊で口々に、「司令部で」行なわれているどんちゃん騒ぎについて――もちろん、しばしば誇張した形でだが――語っている。戦闘で敗北した場合、一般の赤軍兵士はしばしば指揮官らによる行きすぎた放蕩生活を――根拠がある場合もあれば、ない場合もあるが――理由にする。加えて、退却する際、疲れ切った半分はだしの兵士たちは、司令部や輸送列車の中に、多くの女性がいるのに気づく。
休暇の問題もまた大きな役割を果たしている。共和国革命軍事会議は一度ならずこの問題に多大な注意を払って論じてきたが、そのたびに、赤軍兵士のための規則的な休暇システムを導入することはまったく不可能であるという結論にいたった。明らかに、この問題を決めるルールは、一般兵卒にも指揮官にもコミサールにも等しく適用される。しかしながら、誰にとっても、とりわけすべての赤軍兵士にとって秘密でないのは、指揮官とコミサールが、出張と称してしばしば休暇をとっていることである。たとえば、師団兵たん部の副代表が妻の訪問を受けると(それ自体、規則違反なのだが)、彼女を家まで送り届けるために、7日間の公務出張を取得する。しかし、兵たん部の赤軍兵士の中には、もう3年も家族と顔を合わせていない者がいるのだ。
このような事態は、赤軍においてはまったく許しがたい。なぜなら赤軍は、すべての構成員の内的連帯がますます増大するもとでのみ発展することができるからである。
赤軍は、何千何万という意識的で献身的な労働者の法外な努力によって形成された。個々のパルチザン部隊や、あるいは、内的規律を欠いた即席の不安定な連隊から出発した赤軍は、すでに独自の伝統と世論を有した強力な組織へと成長した。1年から2年、ないしそれ以上も軍隊とともに戦ってきた赤軍兵士たちは、軍隊組織の肯定面と否定面、指揮官によって享受されている正当な特権と不当な特権、等々を区別するすべを学んでおり、そのことを若い同志たちに教えている。最もすぐれた兵士とは、赤軍においては断じて、最も従順で不平を言わない兵士のことを指すのではない。逆に、最もすぐれた兵士とは、何事においても、他の兵士よりも鋭く、注意深く、批判的な兵士だろう。彼はもちろんのこと、その勇気と臨機応変さによって赤軍兵士の間で声望を勝ち取るだろうし、誰にとっても明らかな事実にもとづいて批判的意見を堂々と述べることで、彼は、一般兵士の目からみて指揮官やコミサールの威厳をしばしば掘り崩すだろう。つけ加えておかなければならないが、反革命分子や敵の手先は、今言ったような状況を巧みに意識的に利用して、一般兵卒と指導スタッフとの間に不和をかきたて、対立を激化させようとするだろう。
われわれの軍隊の中枢部がまったく健全であることに、いかなる疑いもない。しかし、どんな健全な組織体であっても自らを保護しなければならない。さもないと、有害な現象がその組織体を掘り崩すからである。先の党協議会は、「上部」と「下部」との相互関係の問題を日程にのせ、同志的結びつきにもとづいて両者の関係をより密接にすることを提起した。この課題は、何よりもまず、赤軍のすべての指導的メンバーの前に提起されなければならない。
もちろん、軍隊と党組織とを同列に並べることはできない。命令は命令であり、軍事規律は軍事規律である。しかし、軍隊の先進部分が不正常な現象を根絶し、存在する不平等を緩和させ、「上部」と「下部」とを密接に近づけることに成功すればするほど、それだけ命令の公的な力が揺るぎないものになるだろう。
現在提起されているこの問題の巨大な重要性――原則の観点からしても、実践の観点からしても――にかんがみて、私は、前線および軍団の革命軍事会議に対し、赤軍の生活から不正常で不健全な現象を根絶するためにいかなる措置をとるべきかについて討論するよう要請した。この問題に関する協議会を開いて、そこに軍団および師団の最も責任ある活動家に参加してもらうなら、大いにけっこうなことだろう。
このような協議会における指導原理は、私見によれば、たとえば、次のようなものになるだろう。
(1)軍隊内におけるありとあらゆる特権を一気になくすという不可能な課題を設定するのではなく、それらを実際に必要な最低限にまで系統的に軽減していくこと。
(2)軍務の必要性からけっして生じてくるものではなく、赤軍兵士の平等と同志的関係を損なうような特権はすべて、できるだけ早急に根絶すること。
(3)休暇と出張に関する、あるいは、軍隊の活動区域内への女性の出入り禁止、酒類の持ち込み禁止、等々に関する既存の命令や規則を改めて完全実施すること。
(4)軍事革命会議が率先して、これらの規則や命令に対する違反と闘うこと。
(5)物資の配給の分野における悪事や不正、他人を犠牲にしての不法な特権や放蕩に関して、赤軍兵士の間から出されるすべての不平に十分注意を払うこと。
(6)犯罪や悪意がはっきりと暴露された場合には、この犯罪を当事者の代表の出席する公開裁判の場に持ち出し、そこで下された判決については、しかるべきコメントをつけて広く公にすること。
(7)反革命挑発者が、指揮官やコミサールが享受しているあらゆる種類の特権や利益について虚偽の噂を流して内部の不和をかきたてることのないよう、注意深く目を光らせておくこと、そして、明らかに悪意を持ってそのような噂を広げた人物が発覚した場合には、当事者の代理人の出席する公開裁判に引き出すこと。
(8)物資配給機関の仕事に対する監督を強め、その仕事を強化し、あらゆる手立てをつくして、その仕事の効率と正確さを高めること。
(9)政治教育活動を強化すること。
私は諸君に要請する。党中央委員会と共和国革命軍事委員会に報告できるよう、諸君のところでとられているすべての措置について、そして、提起されている問題に対する諸君の見方について、できるだけ早急に、しかるべき経路を通じて教えてほしい。
1920年10月31日
『革命はいかに武装されたか』第2巻所収
『ニューズ・レター』第23号より
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