われわれには平和が必要だ

トロツキー/訳 志田昇

【解説】この論文は、10月の蜂起が目前に迫っている時期に書かれたもので、平和の切実な要求を通して蜂起の心理的・政治的準備をするという性格を持っている。この中でトロツキーは、予備議会での臨時政府の首脳たちの発言を取り上げて、臨時政府の支配が続くかぎり戦争が続くことを読者に訴えている。この論文が発表された媒体は、『プラウダ』が禁圧されたために代わりに発行された新聞『労働者と兵士』である。

 本稿はすでに、『ニューズ・レター』第3号に掲載済みだが、今回アップするにあたって、訳注を追加しておいた。

Л.Троцкий, Нам нужен мир, Сочинения, Том.3, 1917, Час.2, Мос-Лен., 1924.

Translated by Trotsky Institute of Japan


 戦争はわれわれを破滅させつつある。戦争の新しい一日一日がわれわれに新たな深い傷を負わせている。パンもなく、まきも石炭もない。そして、事態は日ましに悪化している。前線の状態は耐えがたいものである。塹壕の中の兵士たちは、着る物にも履物にも食物にも不自由している。こうした状況では、軍隊の「戦闘能力」向上に関する議論は空虚な偽りの言葉である。政府の要人たちと彼らのとりまきがこれらの言葉を繰り返しているのは、自己の政策のみじめな破産を隠すためである。だがその間に、わが国の部隊は塹壕の中で破滅しつつあり、憤りと絶望にとらえられている。前線から来た代議員が述べているように、「11月1日までに講和が結ばれないならば、兵士自身が自力で平和を獲得しに行くべきだ」という考えが塹壕中にますます広範に広がっている。

 この絶望の道へ衰弱した軍隊を追い込んでいるのは政府の戦争継続政策である。人間の忍耐力には限度がある。人間の辛抱強さには限界がある。反革命家たち――ロジャンコ(1)、リャブシンスキー(2)、ミリュコーフ(3)――は、軍隊を完全に崩壊させ、飢えによる反目を引き起こそうと意識的に努力しており、それによっていっそう確実に軍隊をそれ自身が流した血の海に溺れさせつつある。革命的な軍隊の崩壊の上に、彼らは自己の権力を確立したいと願っている。妥協主義者たち(右翼エスエルとメンシェヴィキ)は、優柔不断かつ無思慮にブルジョアジーの後をぐずぐずついて行き、ブルジョアジーが軍隊と革命を破滅させるのを助けている。

 われわれには平和が必要だ。現在の政府には平和をもたらす能力がない。外務大臣であるテレシチェンコ氏(4)は予備議会での自己の演説によってこのことを改めて示した。「同盟国の帝国主義者たちが戦争を続ける必要があると見なしている限り、帝国主義者と同盟して戦争を続けなければならない」と、臨時政府はテレシチェンコの口を通じて人民に答えた。したがって、4回目の冬期戦役の問題とロシア兵が流す血の犠牲の問題は、従来通りロンドンとニューヨークの証券取引所で決定され、ロシア人民によっては決められないだろう。

 妥協主義者たちは、パリで開かれる同盟国会議にメンシェヴィキのスコベレフ(5)を派遣することによって平和の到来を促進すると約束していた。会議の場でスコベレフが同盟国に占領計画を放棄してドイツ人に民主的講和を提案するように説得するとかいうことである。しかし、スコベレフはペトログラードを出るか出ないかのうちに回答を受けとった。同盟国のブルジョアジーはこの企て全体を一笑に付したのである。同盟国の外交官は、いかにして講和を結ぶかについてではなく、いかにして戦争を継続するかについて、ロシアの外交官や将軍と話し合いたいと思っている。ロシア政府はスコベレフをパリに派遣することに同意したが、それはコルニーロフ派のマクラコフ(6)とルースキー将軍(7)の警護のもとで行なわれ、スコベレフは彼らと同一歩調をとるように要求されていた。物事の見える人であれば誰でも、ここから平和を期待できないことは明白である。同盟国の株式仲買人や外交官との協調主義は、自国のブルジョアジーとの協調主義と同様に破滅的である。

 われわれには平和が必要だ。率直な方法、すなわち革命的な方法によって平和を目指して進まなければならない。人民と軍隊に向かって直接呼びかけ、彼らに全戦線における即時休戦を提案しなければならない。

 すべての国の人民は平和を熱望している。そして彼らには、戦争を引き延ばしているブルジョアジーへの憎悪が浸透している。公正な民主的講和を率直にかつ公然と提案するならば、この提案は、今こそ全ての国の塹壕と銃後において強力な反響を引き起こすだろう。 革命的な労働者や絶望した兵士や水兵たちや傷病者や夫に先立たれた妻や飢えた子供の飢えた母は、全ての国におけるわれわれの真の同盟者である。

 数百万人の血にまみれたドイツのカイザー(皇帝)は、ペトログラードへ自分の軍隊を進めたいと思っている。われわれは、カイザーに反対しているドイツの労働者・兵士・水兵・農民に助けを求めるだろう。彼らは、われわれに劣らず平和を熱望している。われわれは彼らにこう言うだろう。「ロシア人民の名において、われわれは諸君に全戦線における即時休戦を提案する。冬期戦役反対! 呪われた戦争反対!」と。

 誰がこのような提案を行なうべきか。革命政権、陸海軍やプロレタリアートと農民に依拠した真の革命政権、すなわち全ロシア労働者・兵士・農民代表ソヴィエトがこの提案を行なわなければならない。

 このような政府は、同盟国や敵国の外交官の頭ごしに、直接ドイツの各部隊に向かって訴えるであろう。この政府は、ドイツ語で書かれた数百万枚の呼びかけビラでドイツの塹壕をいっぱいにするだろう。そこにはこう書かれるだろう。「ロシア政府は、自由なロシア人民の名において、ドイツ人諸君に即時講和を提案する」と。わが国の飛行士はドイツの国土にこれらの呼びかけビラをばらまくであろう。アピールは無線で世界中に伝えられるであろう。「ヨーロッパの人民諸君。ロシアの革命政権は、公正な講和のために諸君全員にすぐさま武器を置くよう提案する」と。

 このような呼びかけは強力な反響を引き起こすであろう。「即時休戦万歳!」という叫びがヨーロッパの全住民の心をとらえるであろう。ヨーロッパのいかなる政府も、人民の抗しがたい圧力に逆らって戦争を継続することはできないであろう。

 「人民から人民へ」、これが平和への唯一の道である。この道を労働者・兵士代表ソヴィエトの全ロシア大会は歩み始めなければならない。

『労働者と兵士』第3号

1917年10月19日(新暦11月1日)

ロシア語版『トロツキー著作集』第3巻『1917年』第2部所収

『ニューズ・レター』第3号より

  訳注

(1)ロジャンコ、ミハイル(1859-1924)……ロシアのブルジョア政治家、大地主。1907〜17年、国会議員。1917年の2月革命後に国会議員臨時委員会議長。国内戦中はデニーキン白衛軍に属して、ソヴィエト政権に敵対。1920年にユーゴに亡命。回想録『帝政の壊滅』(1929)。

(2)リャブシンスキー、パーヴェル(1871-1924)……モスクワの大資本家、銀行家。父親の家業を継いで、銀行業や繊維産業を含む資本帝国を築き上げる。1916年にロシア最初の自動車工場を建設。第1次大戦中は戦時工業委員会の議長。進歩党の創設者にして指導者。10月革命後、工場をすべてボリシェヴィキによって国有化され、亡命。パリで死去。

(3)ミリュコーフ、パーヴェル(1859-1943)……ロシアの自由主義政治家、歴史学者。カデット(立憲民主党)の指導者。第3、第4国会議員。2月革命後、臨時政府の外相。4月18日に、連合諸国に、戦争の継続を約束する「覚書」を出し、それに抗議する労働者・兵士の大規模デモが起こり(4月事件)、外相辞任を余儀なくされる。10月革命後、白衛派の運動に積極的に参加し、ソヴィエト権力打倒を目指す。1920年に亡命。『第2次ロシア革命史』(全3巻)を出版。

(4)テレシチェンコ、ミハイル(1886-1956)……ロシアのキエフの大地主、大資本家、政治家。第1次大戦中、戦時工業委員会の議長代理。2月革命後の最初の臨時政府の蔵相。第1次、第2次、第3次連立政府の外相。帝国主義戦争の継続を主張。10月革命後、ボリシェヴィキ政府に敵対。1918年に亡命。イギリスに移住し、ロンドンで死去。

(5)スコベレフ、マトヴェイ(1885-1938/39)……1903年からメンシェヴィキ。1906年に亡命。1908〜12年にウィーン『プラウダ』の編集に携わる。1912年以降、第4国会の社会民主党議員団の一人。第1次大戦中は社会排外主義者。2月革命後、ペトログラード・ソヴィエトの議長代理。5月、第1次連立政府の労働大臣。10月革命後、グルジアに。1920年にフランスに亡命するが、同地でソヴィエト政府と協力。1922年にボリシェヴィキに入党し、利権委員会に。1924年にロシアに帰還。1938年(資料によっては39年)に粛清され、死後名誉回復。

(6)マクラコフ、ヴァシーリー(1869-1957)……ロシアのブルジョア政治家、弁護士、カデット幹部。カデットの中央委員、第2国会〜第4国会の議員。1917年にパリの駐在大使。

(7)ルースキー、ニコライ(1854-1918)……帝政ロシアの将軍。露土戦争、日露戦争に従軍。第1次世界大戦では北西および北方方面軍を指揮。国会との関係が良好で、ロマノフ君主制崩壊直後は、最高権力の候補者と目されていた。


  

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