誰からどのように革命を防衛するのか

トロツキー/訳 西島栄

【解説】この論文は、2月革命勃発直後にトロツキーが書いた一連の論文の一つである。この論文の中でトロツキーは、農民の土地問題に焦点をあてて、帝国主義ブルジョアジーに土地問題の解決が不可能なこと、農民の解放のためには、革命的労働者政府が必要なことを明らかにしており、なかんずく、「下層の農民大衆は別問題である。彼らをプロレタリアートの側に引きつけることは最も差し迫った、最も切実な課題である」、「農業革命と共和制の旗のもとに、自由主義的帝国主義者に対抗して数百万農民を団結させなければならない。この仕事を完全にやり遂げることができるのは、プロレタリアートに依拠した革命的政府だけである」と述べている。ここには「農民の軽視」などみじんもない。また、それと同時にトロツキーは、ロシア革命の運命がヨーロッパ革命の運命と密接に結びついていることを明らかにしている。

 ところで、本翻訳はもともと『トロツキー研究』に掲載されたものだが、今回、ここに再録するにあたって、いくつか誤訳を修正しておいた。

Л.Троцкий, От кого и как защищать революции?, Сочинения, Том.3, 1917, Час.1, Мос-Лен., 1924.

Translated by Trotsky Institute of Japan


 わが国の帝国主義は、他国のそれと同様、資本主義的生産の基礎そのものから生じている。しかし、帝国主義の発展はわが国では極度に急速であり、反革命の影響のもとで先鋭化した。この点についてはわれわれが前回話した通りである。革命によって肝をつぶしたブルジョアジーが、農民への地主の土地の引渡しによって国内市場を拡大するという自己の計画を放棄した時、彼らはそのすべての注意を世界政治に向けたのである。したがって、わが国帝国主義の反革命的性格はまったく明瞭に現われている。帝国主義ブルジョアジーはロシアの労働者に、――うまくいった場合には――よりよい賃金を与えると約束し、軍需工業周辺の特権的地位をえさに上層労働者を買収しようとしてきた。農民に対しては、ブルジョアジーは新しい土地を約束した。地主の土地を手に入れる希望を失った中農は考えた。「これらの新しい土地が手に入ろうが入るまいが、いずれにせよ、俺たちの身内は動員で減るんだから、土地はもっと空くだろう」。

 したがって戦争は、言葉の最も直接的な意味において、人民大衆の注意を最も先鋭な国内問題、なかんずく農地問題からそらすための手段であった。「自由主義的」および非自由主義的貴族が戦争遂行の問題で帝国主義ブルジョアジーをあんなに熱心に支持した理由の一つはここにある。

 「祖国の救済」という旗のもとに、自由主義ブルジョアは革命的人民に対する指導権を自己の手中に確保しようとしており、この目的のために、愛国主義的トルドヴィキたるケレンスキーのみならず、どうやら社会民主主義の日和見主義分子の代表者チヘイゼをも援助してやっているようである。

 停戦と平和のための闘争自体がすでに、すべての国内問題、なかんずく土地問題を焦眉のものとしている……。農地問題は貴族とブルジョアジーと社会愛国主義のブロックに深刻なくさびを打ち込んでいる。ケレンスキーは、資本主義的目的のために革命全体をくすねようとしている「自由主義的」6月3日派と、農業革命の綱領(すなわちツァーリと地主と皇室領と修道院と教会の土地を人民のために没収すること)を全面展開している革命的プロレタリアートのどちらかを選ぶことを余儀なくされている。ケレンスキーがどのような個人的選択をするかは重要ではない。このサラトフ出身の若き弁護士、大衆集会の場で兵士たちに「もし君たちが私を信用できないのなら私を射ち殺してくれたまえ」と「哀願」しながら、同時に国際主義的労働者をムチでもって脅している彼は、革命の秤の上では大きな重みを持った人物ではない。だが、下層の農民大衆は別問題である。彼らをプロレタリアートの側に引きつけることは最も差し迫った、最も切実な課題である。

 この課題を解決するために、われわれの政策を農村の民族主義的・愛国主義的偏狭さに合わせようとすることは犯罪的であろう。ヨーロッパ・プロレタリアートとの結びつきを破壊することと引き換えに農民との結びつきを確保することは、ロシア労働者にとって自殺行為であろう。だが、こんなことをするいかなる政治的必要性もない。われわれにはより強力な武器がある。現在の臨時政府とリヴォフ=グチコフ=ミリュコーフ=ケレンスキーの内閣とが――彼らの統一を維持するために――土地問題を回避しているのに対し、われわれはこの問題をロシアの農民大衆に対し全面的に提示することができるし提示しなければならないのである。

 「農地改革が不可能だったからこそ、当時われわれは帝国主義戦争に賛成したのだ!」とロシア・ブルジョアジーは1905〜1907年の経験の後に語った。

 「帝国主義戦争に背を向け、それに農業革命を対置せよ!」とわれわれは1914〜1917年の経験を引き合いに出しながら農民大衆に語った。

 この土地問題こそ、軍隊のプロレタリア的中核部分と農民的兵士大衆との団結という事業に巨大な役割を果たすであろう。「コンスタンチノープルではなく、地主の土地を!」とプロレタリア兵士は農民兵士に語る。その際プロレタリア兵士は農民兵士に、帝国主義戦争が誰のために、そして何のために行なわれているのかを説明する。そして、プロレタリアートと彼らにつき従う下層農民に直接依拠した革命的労働者政府がどれだけ急速に自由主義的・帝国主義的臨時政府に取って替われるかは、われわれによる反戦のアジテーションと闘争とが――まず第一に労働者の兵士大衆の間で、次に農民の兵士大衆の間で――成功するか否かにかかっているのである。

 大衆の圧力を押さえるのではなく、逆にそれを発展させるような政権だけが、革命と労働者階級の運命を保障することができる。このような政権を創出することが現在、革命の根本的な政治的課題なのである。

 憲法制定議会は今のところ革命的看板にすぎない。その背後に潜んでいるものは何か? この憲法制定議会はどのような秩序を制定するか? これは憲法制定議会の構成に依存している。そしてその構成は誰がどのような条件のもとで憲法制定議会を召集するかに依存しているのである。

 ロジャンコ、グチコフ、ミリュコーフらは自分自身の姿に似せて憲法制定議会を創ろうと全力をつくしている。彼らの手中にある最も強力な切札は、外敵に対する全国民的戦争のスローガンである。今や彼らは言うまでもなく、ホーエンツォレルン家による「破壊から革命の成果」を防衛する必要性について云々している。そして社会愛国主義者たちは彼らに伴唱することだろう。

 「もし何か防衛するべきものがあるとしたら!」とわれわれは語る。最初になすべきことは革命を国内の敵から守ることである。憲法制定議会を待つことなく、君主主義的・農奴制的がらくたを隅から隅まで一掃しなければならない。ロジャンコの空約束やミリュコーフの愛国主義的うそを信じないようロシアの農民に教えなければならない。農業革命と共和制の旗のもとに、自由主義的帝国主義者に対抗して数百万農民を団結させなければならない。この仕事を完全にやり遂げることができるのは、プロレタリアートに依拠した革命的政府だけである。それはグチコフやミリュコーフといった輩を政権から追い払うだろう。この労働者政府は、都市と農村の最も遅れた勤労大衆を立ち上がらせ、啓蒙し、団結させるために、国家権力のあらゆる手段を行使するだろう。このような政府のもとでのみ、そしてこのような準備作業のもとでのみ、憲法制定議会は大土地所有者と資本家の利益をおおい隠すついたてとなるのではなく、人民と革命の真の機関となるのである。

 「だが、ホーエンツォレルン家はどうするのか? その軍隊は勝利したロシア革命をいずれ脅かすだろう」。

 われわれはこのことについてすでに書いた。ロシア革命は、ホーエンツォレルン家にとって帝国主義ロシアの強欲や目論見よりもはるかに大きな脅威である。ロシア革命がグチコフ=ミリュコーフ的仮面を脱ぎ捨てそのプロレタリア的素顔を明らかにするのが早ければ早いほど、革命はますます強力な反響をドイツに見出だし、ロシア革命を圧殺しようとするホーエンツォレルン家の願望もその能力もますます減少するだろう。なぜならば、ホーエンツォレルン家は国内のごたごたで十分忙殺されるだろうからである。

 「だが、もしドイツ・プロレタリアートが立ち上がらなかったら? その時にはわれわれはいったいどうするのか?」

 ということは、わが国の革命が労働者政府を権力に就かせる場合ですら、ロシア革命はドイツにいかなる痕跡も残さないということを諸君は仮定しているのだろうか? だがそんなことはありえない。

 「だが、それでもやはり、そうなったなら?」

 しかし実際には、このような有りえない仮定について頭を悩ます必要はわれわれにはない。戦争はヨーロッパを社会革命の火薬庫に変えた。ロシア・プロレタリアートは今やこの火薬庫の中に火のついた松明を投げ込んだ。この松明が爆発を引き起こさないなどと仮定することは、歴史の論理と心理に逆らって思考すること意味する。しかし、有りえないことが起こり、保守的な社会愛国主義的組織のせいでロシアの労働者階級が近い将来に自国の支配階級に対して立ち上がることができなかったと仮定しよう。その場合にはもちろんのこと、ロシアの労働者階級は武器を手に革命を防衛するだろう。革命的労働者政府は、兄弟たるドイツ・プロレタリアートに共通の敵に対して立ち上がるよう訴えながら、ホーエンツォレルン家に対する戦争を遂行するだろう。それはちょうど、ドイツ・プロレタリアートが近い将来に権力に就いた場合に、――ロシアの労働者が自国の帝国主義敵を片づけるのを助けるために――ドイツ・プロレタリアートがグチコフ=ミリュコーフに対して戦争をする「権利」があるだけでなく、戦争をする義務があるのとまったく同じである。

 この両方の場合において、プロレタリア政府によって指導される戦争は単に武装した革命であるにすぎないであろう。問題は「祖国の防衛」にあるのではなく、革命を防衛し、それを他国に波及させることにあるのだ。

   『ノーヴィ・ミール』第942号

      1917年3月8日(新暦21日)

ロシア語版『トロツキー著作集』第3巻『1917年』第1部所収

『トロツキー研究』第5号より


  

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